バレーボール日記
バレーボール(男子バレー・女子バレー)の情報と日々の日記。
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V1リーグ
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V1リーグ(ブイワン・リーグ)とは、日本の社会人バレーボール・Vリーグの2部組織である。
概要
元々は「日本実業団バレーボールリーグ」と題して行われていた。
その後はVリーグへの参加を目指すチームへの登竜門という位置づけから1998〜99年度シーズン以後、大会名をV1リーグと改めた。
男女とも8チームずつが参加し、2回戦総当りでリーグ戦を行い、1,2位チームはVリーグの下位2チーム(男子は7,8位、女子は9,10位)のチームと入れ替え戦を実施する(1位チームはVリーグの男子8位・女子10位と、2位チームはVリーグの男子7位・女子9位と対戦)。
また7,8位のチームは地域リーグの決勝ラウンド上位2チーム(東西2ブロックで開催し、決勝リーグで2位までに入ったチーム)との入れ替え戦となる。但し、上位カテゴリーのチームが廃部などを理由に撤退した場合、それぞれ下位カテゴリーの上位チームが自動参入する場合がある。
※順位決定方法はVリーグと同じ
なお、2006年より参加チームは、日本バレーボールリーグ機構の一員となる。
2006~2007年シーズンの参加チーム一覧
男子
つくばユナイテッドSunGAIA
FC東京
警視庁
東京ヴェルディ
近畿クラブ・スフィーダ
JTEKT STINGS
トヨタ自動車
大同特殊鋼
富士通
女子
KUROBEアクアフェアリーズ
PFU
三洋電機大阪
柏エンゼル・クロス
上尾中央総合病院
大野石油広島
栗山米菓B・B Stars
健祥会
"http://ja.wikipedia.org/wiki/V1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0" より作成
カテゴリ: 日本のバレーボール大会 | スポーツリーグ

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菅山かおる ヌード
はキャプテンを務めた。卒業後は小田急ジュノーに入社するがチームが廃部となった後JTマーヴェラスに入団しアタッカーとして活躍。JTではV1リーグ降格、再昇格など紆余曲折を経験。熊前知加子の加入で2005年からはリベロに転向。チームの4強進出貢献を評価され全日本に

[スポーツ]バレーボール世界選手権・
ました。約2ヶ月と迫ったV1リーグ開幕に照準を合わせて(?)バレーボールを久々に見たけど、あいかわらずジャニタレ目当てで、バレーは二の次なギャルサポがウザイっすね。もちろん一番ウザイのはT B Sだけど。「おまいら一度V1リーグを見にいってみろ!」って

日本バレーのための その二
開発しなくては。この独自のバレーの開発が、『その二』となる。実はそのヒントを与えてくれているチームがすでにある。V1リーグのPFUである。このチームはリベロを使わず、常にアタッカー5人が攻撃に入れるようなチーム作りをしている。それぞれがあらゆる種類の

写真はないけど…
!かなり久しぶりでなんだか嬉しかったです(^^ゞそうそう☆現在全日本男子のコーチ、泉川さんがV1チーム【ジェイテクト】?のコーチに就任されたようで、今年はVリーグ同様、V1リーグも楽しみにしてますo(^-^)oしかし、開幕は一月かぁ。。。なんだかオフ

三洋電機大阪]V1リーグ大阪
1/20(土)21(日) 大東市民体育館2/11(土)12(日) いきいきランド交野です。大東市民体育館の周辺地図http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E135.38.48.7N34.42.19.5&ZM=10大東市民体育館への公共交通アクセス1

ワシ君の名前が決まった
それと、先日発表された新加入選手も紹介されましたよ。V1リーグ時代に活躍したユディです。今回の登録名は「バウティスタ」になるのかな?予想通り、センターの選手でした。V1時代はその高さを活かして、 場合によってはユディ一本

“再"入団選手
194cm(←フランシーよりも更に2cmも大きい・・・。)ポジションはセンターそして驚いたことに1997年 1999年に当時、実業団のV1リーグに所属していた東北パイオニアバレーボール部に在籍していたことがあるみたいです。という事は、“再"入団ですね。そうい

15回練習
同じ練習を行うと、非常に能率が悪くなる。選手をレベルによって3チームに分けている。ELITE TEAM(トップリーグに参戦)1st DIVISION TEAM(V1リーグのような感じ)Beginners TEAM(初心者)エリートチームは長身者やジャンプ力のある選手を集め、その下は、技術

今年のトヨタ車体はどうなる
このチームはV1から昇格したチームです。昨年のV1リーグ時から、実に6名が引退しました。さて、戦力的には苦しい戦いを強いられると思います。廃部の茂原アルカスから数名が移籍してきました。セッターは小さいながら大学時代から定評のある

板橋選手が
のかは判らないが、私自身はセッター1本で行っていたなら・・・と思わないではいられない。これで車体に戻ればやはりアタッカーということなのだろう。何といってもポイントゲッターだから(先のV1リーグ、アタック賞・チーム最多得点)。しかしこの現実



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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バレーボール全日本女子
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バレーボール全日本女子(―ぜんにほんじょし)とは、夏季オリンピック等の国際大会出場時に編成される、日本の女子バレーボール代表チームの名称。通称全日本。
目次
1 歴史
2 オリンピックの成績
3 世界選手権の成績
4 ワールドカップの成績
5 歴代監督
6 関連項目
//
歴史
1960年の世界選手権で初の国際大会参加。初参加だが銀メダルを獲得。
1962年の世界選手権は日紡貝塚による単一チームによる出場で金メダルを獲得。
1964年の東京五輪も日紡貝塚を中心としたメンバーで金メダルを獲得した。当時「東洋の魔女」と呼ばれ日本のバレーボール黄金期を築いた。
1976年のモントリオール五輪では選手や山田重雄監督の健闘もあり金メダルを獲得。
1980年のモスクワ五輪では、前回1976年のモントリオール五輪優勝により出場権を獲得していたものの、政治的な問題で不参加となった。
1984年のロサンゼルス五輪の銅メダル以降バレーボール3大大会(オリンピック、世界選手権、ワールドカップ)でのメダルからは長く遠ざかっている。
1988年のソウル五輪では、東京五輪における日紡貝塚のように同一チームを中心としたメンバー編成にするか所属チームにこだわらず選手を集める編成にするか、といった問題が発生したこともありモスクワ五輪を除くオリンピックで初めてメダルを逃した。
2000年のシドニー五輪最終予選では五輪出場権を初めて逃すという屈辱を味わった。世間が一斉に『背が小さいのがトスを上げたからだ』とセッターを務めた竹下佳江など様々な選手・監督に批判が集まり、日本女子バレーの人気も実力もどん底となった。
その後も2002年の世界選手権では史上最悪の13位に終わり日本中のバレーボールファンが落胆した。
2003年、復活請負人と命ぜられ柳本晶一が監督に就任。
2004年のアテネ五輪では2大会ぶりに五輪の出場権を得ることができ、5位という結果となった。しかし、これは準々決勝で敗れた4チームがすべて5位タイとなり、5位〜8位の順位決定戦が行われなかったためでもある。
オリンピックの成績
1964年 − 金メダル
1968年 − 銀メダル
1972年 − 銀メダル
1976年 − 金メダル
1980年 − 不参加
1984年 − 銅メダル
1988年 − 4位
1992年 − 5位
1996年 − 9位
2000年 − 出場できず(五輪出場最終予選で敗退)
2004年 − 5位
世界選手権の成績
1952年 − 不参加
1956年 − 不参加
1960年 − 銀メダル
1962年 − 金メダル
1967年 − 金メダル
1970年 − 銀メダル
1974年 − 金メダル
1978年 − 銀メダル
1982年 − 4位
1986年 − 7位
1990年 − 8位
1994年 − 7位
1998年 − 8位
2002年 − 13位
ワールドカップの成績
1973年 − 銀メダル
1977年 − 金メダル
1981年 − 銀メダル
1985年 − 4位
1989年 − 4位
1991年 − 7位
1995年 − 6位
1999年 − 6位
2003年 − 5位
歴代監督
大松博文
山田重雄
生沼スミエ
宗内徳行
米田一典
葛和伸元
吉川正博
柳本晶一
関連項目
バレーボール全日本女子代表メンバー
この「バレーボール全日本女子」は、スポーツに関連した書きかけ項目です。この項目を加筆、訂正などして下さる協力者を求めています。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A5%B3%E5%AD%90" より作成
カテゴリ: バレーボールナショナルチーム | 日本のバレーボールチーム | スポーツの日本代表チーム | スポーツ関連のスタブ項目

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よっしゃーーー!!
やった〜!やりました〜〜〜\(^○^)/ バレーボール全日本女子 4勝1敗で第2ラウンドです しかも、今日の試合は、ヨーロッパNo.1チームのポーランドから 3セットを取ったんですよん 試合は、競り合って競り合って2セット目は逆転されて取れなかったけど、 でも、

[日記]ニッポン!!チャチャ
と・・・・・5人ほどの大きな男達が。背中にはJAPANの文字。その集団の真ん中にいた角刈りのオッサンは!!!そう、バレーボール全日本女子監督柳本晶一監督。固まりましたぁぁΣ(゜口゜II)えーー!こんな道端であの柳本監督とすれ違うなんて。元バレーボーラーの私としてはその

ふんばれニッポン!
全日本エースとして活躍している彼女。持って生まれたものに羨ましさを感じる一方、 彼女の努力は私の想像もできないほどだろう。とにかく今のメンバーでふんばって!竹下もいる、高橋もいる、そして木村、荒木・・・ 12人もいるのだから。バレーボール全日本女子

サオリン、セッター封印
バレーボール全日本女子の木村沙織(20)=東レ=が当面、セッター挑戦を封印する。11月の世界選手権(国内各地)で、アタッカーとレシーバー専念を志願したことを、柳本晶一監督(54)が10日、明らかにした。http://hochi.yomiuri.co.jp/sports

サオリン、セッター封印
サオリン、セッター封印…世界選手権はアタッカー専念(スポーツ報知) バレーボール全日本女子の木村沙織(20)=東レ=が当面、セッター挑戦を封印する。11月の世界選手権(国内各地)で、アタッカーとレシーバー専念を志願したことを、柳本晶一監督(54)が10日、明らかにし

ニュース(~-+~)
さぉりんについての情報☆(≧Д≦){スポーツ報知から☆バレーボール全日本女子の木村沙織(20)=が当面、セッター挑戦を封印する。11月の世界選手権(国内各地)で、アタッカーとレシーバー専念を志願したことを、柳本晶一監督(54)が10日、明らかにした

でかっ!!!
昨日は、バレーボール全日本女子チームの紅白試合を見てきました。いや〜〜〜〜、選手のデカイことデカイこと!!その中にいた、キャプテンの竹下選手・・・ちっちゃい。でも、めっちゃキレイ!!!!みんな、TVで見るのと違って、すごい細〜〜〜い

木村、アタッカーに専念
サオリン、セッター封印…世界選手権はアタッカー専念バレーボール全日本女子の木村沙織(20)=東レ=が当面、セッター挑戦を封印する。11月の世界選手権(国内各地)で、アタッカーとレシーバー専念を志願したことを、柳本晶一監督(54)が10日、明らかにした。木村は

世界バレーでメグカナ見れないかも
バレーボール全日本女子のアタッカー大山加奈(22)=東レ=が、右肩痛のため5日から始まる大阪・貝塚第2次合宿に最初から参加できない可能性が高いことが4日、分かった。世界選手権(10月31日から国内各地)に間に合うかも微妙で、長期

[排球][矢]サオリン
バレーボール全日本女子の木村沙織(20)=東レ=が当面、セッター挑戦を封印する。11月の世界選手権(国内各地)で、アタッカーとレシーバー専念を志願したことを、柳本晶一監督(54)が10日、明らかにした。木村は、将来の司令塔候補として修業中で、夏



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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1999年ワールドカップバレーボール
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1999年ワールドカップバレーボールは、男子大会が1999年11月18日から12月2日まで、女子大会は1999年11月2日 から11月16日まで共に日本で開催された。
出場国
1999年大会(男子は第9回・女子は第8回)
男子/ イタリア、 ロシア、 アメリカ合衆国、 キューバ、 ブラジル、 アルゼンチン、 中国、 韓国、 スペイン、 カナダ、 チュニジア、 日本
女子/ ロシア、クロアチア、 アメリカ合衆国、 キューバ、 ブラジル、 アルゼンチン、 中国、 韓国、 チュニジア、 イタリア、 ペルー、 日本
試合結果
すたぶ
大会協賛
特別協賛
HONDA(男子・女子共通)
MasterCard(男子)
公式飲料
サントリー(男子)
ヤクルト(女子)
バレーボールワールドカップ
男子
女子
1965 ポーランド | 1969 東ドイツ | 1977 日本 | 1981 日本 | 1985 日本 | 1989 日本 | 1991 日本 | 1995 日本 | 1999 日本 | 2003 日本 | 2007 日本
1973 ウルグアイ | 1977 日本 | 1981 日本 | 1985 日本 | 1989 日本 | 1991 日本 | 1995 日本 | 1999 日本 | 2003 日本 | 2007 日本
この項目「1999年ワールドカップバレーボール」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B4%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB" より作成
カテゴリ: スタブ | 1999年のスポーツ | 日本のバレーボール

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JTサンダーズの選手一覧
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JTサンダーズの選手一覧とは、バレーボールチーム「JTサンダーズ」に所属する選手の一覧表である。
目次
1 部長・監督・コーチ
2 選手
3 OB
4 外部リンク
//
部長・監督・コーチ
部長:山下仁
監督:アントロポフ・オレーク
コーチ:栗生澤 淳一
選手
◎は主将。
宮下雅寛(1)センター
平野信孝(2)エース
苅谷淳司(3)センター
小川旭(4)エース
丹山禎昭(5)セッター
臺光章(6)セッター ◎
尾上健司(7)センター
徳元幸人(8)エース
直弘龍治(10)スーパーエース
前田悟(11)セッター
加藤陽一(12)エース
中山大祐(13)エース
ガードナー・ガブリエル(15)エース
内富寛法(17)スーパーエース
町野仁志(18)センター
酒井大祐(21)リベロ
OB
猫田勝敏(故人)
外部リンク
JT男子バレー部 Home Page
JT男子バレー部 選手プロフィール
"http://ja.wikipedia.org/wiki/JT%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%81%B8%E6%89%8B%E4%B8%80%E8%A6%A7" より作成
カテゴリ: 日本のバレーボール選手 | スポーツ選手一覧

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Vリーグ_(日本)
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この項目では日本のVリーグについて説明しています。
その他のVリーグについてはVリーグ (曖昧さ回避)をご覧ください。
Vリーグは日本バレーボール協会及び有限責任中間法人日本バレーボールリーグ機構が主催する日本の社会人バレーボールのトップリーグである。全日本バレーボール選抜男女リーグの後継として1994年に誕生した。当初Vリーグのプロ化が検討されていたが、この構想は見送りとなった。Vリーグの下部組織にはV1リーグと地域リーグが存在する。
Vリーグの前身である全日本バレーボール選抜男女リーグについても本項で記述する。
目次
1 リーグの変遷
1.1 Vリーグ発足以前
1.2 Vリーグ開幕
1.3 大学生チームへの門戸開放
2 歴史
3 試合方式
3.1 レギュラーラウンド
3.2 ファイナルラウンド
3.3 最終順位
4 試合方式の変遷
5 開催日程
6 賞金・表彰制度
6.1 リーグ戦
6.2 個人賞
7 参加チーム一覧(2006-07年シーズン)
7.1 男子
7.2 女子
8 歴代優勝チーム
8.1 日本リーグ
8.2 Vリーグ
9 放送について
10 外部リンク
//
リーグの変遷
Vリーグ発足以前
Vリーグの前身である全日本バレーボール選抜男女リーグは1967年5月13日にスタートした。バレーボールの大会を一つの会場ではなく、全国各地で長期にわたり行うということは当時としては画期的なことであった。第1回日本リーグ参加チームは、男子は日本鋼管、松下電器、富士フイルム、専売広島、住友金属、八幡製鐵の6チーム、女子は日立武蔵、全鐘紡、ヤシカ、ニチボー貝塚、東洋紡守口、林兼産業の6チームだった。
1968年の第2回大会はリーグ戦を5月からはじまる前半と12月からはじまる後半に分けて行われた。1969年の第3回大会以降は原則として、毎年11月から始まっている。
Vリーグ開幕
日本のバレーボールは女子のロサンゼルス五輪を最後にバレーボール三大大会のメダルから遠ざかっており、『過去の栄光を取り戻すためにも国内の大会を何とかしないといけないよね』ということで、1994年12月7日にVリーグはスタートした。1993年のJリーグの誕生に影響され、バレーボールもまたプロ化を視野に入れた新リーグ構想が検討されたが、結局プロリーグ化は見送りとなった。Vリーグ開始当初は男女とも8チームで行われたが、その後レベルアップを図るため1997-98年シーズンに10チームとなった。しかし不況などから実業団チームの相次ぐ休・廃止に伴い2001-02年シーズンに女子は9チーム、2002-03年シーズンには男女とも8チームに縮小される。2003-04年シーズンには女子が再び10チームとなった。
大学生チームへの門戸開放
国内のバレーボールのレベルをあげるにはやはり、やはり大学時代にどれだけしっかりバレーボールをやったかが重要だということで、2005年6月29日に開かれた日本バレーボール協会の理事会での決定により、大学生チームにもVリーグへの出場が認められるようになった。
基本的には参加希望校は全日本大学バレーボール連盟の審査により、それを通過した最大2チームに対し、V1リーグの下位チームと地域リーグの上位チームが参加する入れ替え戦への出場資格を与え、勝利した場合V1への昇格権利が与えられる。
当初は社会人の新規参入チームと同じように地域リーグからのスタートを検討していたが、地域リーグの参加チームから反対意見もあったため、地域リーグからではなく、参加希望校からの審査・推薦を得たチームに地域リーグを経験せずに参加できるように方針を変更したものである。
なお、大学の同好会チーム(正式な大学のスポーツ部活動ではないサークル扱いのクラブチーム)については地域リーグからの参加が認められる。
歴史
1967年
Vリーグの前身である全日本バレーボール選抜男女リーグがスタートする。
1980年
参加チームが男女それぞれ6チームから8チームに増える。
1981年
NHK杯、天皇・皇后選手権大会が整理統合され、日本リーグは3回総当たり制となる。
1986年
女子・日立の連勝記録が88でストップする。
1991年
チームにチーム愛称とチームロゴがつくようになる。
1994年
Vリーグが開幕する。
2003年
ホームゲーム制が導入される。
2005年
日本バレーボール協会から独立した有限責任中間法人日本バレーボールリーグ機構が設立される。
男女ともファイナルラウンド上位各2チームは韓国VリーグとのVリーグ日韓交流戦に出場するようになる。
試合方式
Vリーグの試合方式には、レギュラーラウンドとファイナルラウンドの2つがあるが男女とも同じ試合形式で優勝チームを決める。
レギュラーラウンド
レギュラーラウンドでは、2004年-05年シーズン以降、男子8チームによる4回総当り戦(28試合)、女子10チームによる3回総当り戦(27試合)が行われる。男女ともレギュラーラウンドの上位4チームずつ(成績タイの場合はセット率、得点率、総得点を加味して決定)がファイナルラウンドに進出することができる。
ファイナルラウンド
ファイナルラウンドでは2005-06年シーズンは、ページシステム方式が採用された。ファイナルラウンドの第1週目に1試合決着による準決勝が行われ、第2週目に3試合2勝制による決勝戦が行われた。
しかし、2006-07年(2007年1月-4月)の大会に関しては総当りリーグ終了後の上位4チームで準決勝リーグ(1回総当り)をし、その上位2チームが翌週1試合だけ行う決勝戦で優勝を決める方式に見直された。これには前年度のページシステムトーナメントで以下のような諸問題があったためとされている。
準決勝C(準決勝Aの敗者vs準決勝Bの勝者)の組み合わせがぎりぎりまで確定しない
決勝戦を3戦2勝方式にしてしまうと、最終第3戦が行えなくなる可能性がある
ファンの応援を重視するVリーグとしてはこれらのシステムを採用したことがファンを混乱させる原因となったことと、真のチャンピオン決定戦を実施すること、Vリーグの興業上の問題点(チケットの扱いや試合観戦のスケジュールなどの対策)、テレビ中継の編成上の問題などから、準決勝リーグ・決勝戦の試合方式についてはVリーグ以降後数年のサイクルで変更する傾向が強い。
また、従来の決勝トーナメントだけでなく予選リーグを1位で通過したチームに対してもトップ賞としての賞金を出すことも決めている。これはページシステム方式による上位チームに対するアドバンテージが、同制度の廃止でなくなったことを踏まえて実施される。
最終順位
レギュラーラウンド終了時において5位以下のチームはレギュラーラウンドの順位が最終順位となる。ファイナルラウンドに進出した上位4チームはファイナルラウンドの順位が最終順位となる。また最終順位の下位2チームは2部リーグに当たるV1リーグの上位2チームとの入れ替え戦に回る(男子9位、女子7位チームとV1の2位チーム、男子8位、女子10位チームとV1の1位チームが入れ替え戦を戦う)。
試合方式の変遷

年度
出場チーム数
試合方式
1
1994年
男子8:女子8
男女とも3回総当り。1回総当りごとの単位をレグとし、各レグの第1位チーム(但しシーズン総合成績が7、8位のチームは対象外)とそれ以外の成績上位チームを加えた4チームで決勝トーナメントを行った。
2
1995年
予選リーグは前年と同じ。決勝ラウンドは1回総当りに変更された。
3
1996年
3回総当りによる予選リーグ終了後、上位4チームがステップラダー方式の順位決定トーナメントを行った。
(初日)リーグ戦3位と4位による1回戦(公式には順位決定戦・4位決定)
(2日目)1回戦勝者とリーグ戦2位のチームによる準決勝(同じく順位決定戦・3位決定)
(3日目)準決勝勝者とリーグ戦1位のチームによる優勝決定戦
4
1997年
5
1998年
男子10:女子10
予選リーグが2回総当りに変更された以外は第3回と同じ。
6
1999年
リーグ戦終了後、1位と2位、3位と4位の直接対決をしない対抗戦方式(即ち1,2位のチームが3,4位のチームと対戦)での準決勝リーグを行った後、その成績を基に最終日の決勝戦と3位決定戦の組み合わせを決定した。
7
2000年
8
2001年
男子10:女子9
9
2002年
男子8:女子8
予選リーグが3回総当りに変更された以外は第6回と同じ。
10
2003年
男子8:女子10
予選リーグは男子3回、女子2回総当り。リーグ戦終了後、上位4チームの準決勝リーグ(1回総当り)を経て決勝戦(2試合の成績で勝敗を決める。1勝1敗の時はセット率、得点率、総得点を加味)と3位決定戦(1試合制)の組み合わせを決めた。
11
2004年
予選リーグは男子4回、女子3回総当り。リーグ戦終了後、上位4チームの準決勝リーグ(1回総当り)を経て決勝戦(3試合2勝制)と3位決定戦(1試合制)の組み合わせを決めた。
12
2005年
予選リーグは第11回に同じ。決勝トーナメントの方式がページシステムトーナメントとなった。
(準決勝)全て1試合制で初日に1位vs2位(A)、3位vs4位(B)を行いAの勝者は自動的に決勝戦に出場。Aの敗者とBの勝者により2日目に3位決定戦を行い、その勝者が決勝戦もう一枠を得る。
(決勝戦)準決勝の翌週に3戦2勝制で優勝を争う。
13
2006年
予選リーグは第11回に同じ。リーグ戦終了後、上位4チームの準決勝リーグ(1回総当り)を経て決勝戦(1試合制)の組み合わせを決める。
開催日程
2003-04年シーズンまでは原則として12月開幕だったが、2004-05年シーズンは平年11月にあるナショナルチームの国際大会がなかったことから11月開幕で行った。2005-06年シーズン以降は9月(または10月)開幕による半年間の長期リーグ戦。但し11月は国際大会が組み込まれるためその期間中はリーグ戦を中断する。2006-07年シーズンは世界選手権・アジア大会のため1月開幕、4月閉幕となる。
従来からの全国各地に複数のチームが遠征して複数の試合をする「集中開催方式」に加え、所属チームの本拠地がある都府県を舞台に開催する「ホームゲーム」も行われる。ただし、Vリーグの「ホームゲーム」は、そのチームの「興行権」の意味合いが強く、練習場が所在する都府県での開催よりも他県での開催が多いチームもあり、プロ野球やJリーグにおけるホームゲームとは異なる(外部参照リンクの公式サイトに詳細な日程が掲載されている)。
また、今大会は日本リーグと合せると40周年記念大会となることから、それを踏まえた特別イベントが予定されている他、大会の主催団体が日本バレーボール協会とともに、有限責任中間法人として認可された日本バレーボールリーグ機構との共催となる。
賞金・表彰制度
余談だがブランデージトロフィーはサモトラケのニケの複製である
優勝チームには、ブランデージトロフィーおよび日本バレーボール協会のトロフィーが授与される。1990-91年シーズンから優勝、準優勝チームや個人賞受賞者に対し賞金が支払われるようになった。
なお、ファイナルラウンドの形式の見直しにより、レギュラーラウンドのアドバンテージもなくなったことも考慮し、2006-07年シーズンよりレギュラーラウンド1位チームにも賞金が出されるが、賞金額は未定。
リーグ戦
優勝 - 1000万円
準優勝 - 500万円
3位 - 300万円
4位 - 200万円
個人賞
最優秀監督賞
殊勲賞
敢闘賞
スパイク賞
ブロック賞
サーブ賞
レシーブ賞
サーブレシーブ賞
特別賞
リベロ賞
得点王
新人賞
参加チーム一覧(2006-07年シーズン)
男子
チーム
チーム所在地
ホームゲーム開催地
NECブルーロケッツ
東京都府中市
宮城、東京、神奈川
東レ・アローズ
静岡県三島市
静岡
豊田合成トレフェルサ
愛知県稲沢市
愛知 
サントリー・サンバーズ
大阪府箕面市
大阪、山梨 
パナソニック・パンサーズ
大阪府枚方市
大阪 
堺ブレイザーズ
大阪府堺市
大阪、福岡
JTサンダーズ
広島県広島市
広島
大分三好ヴァイセアドラー
大分県大分市
女子
チーム
チーム所在地
ホームゲーム開催地
パイオニア・レッドウィングス
山形県天童市
山形、埼玉
日立佐和リヴァーレ
茨城県ひたちなか市
茨城、 
武富士バンブー
埼玉県北葛飾郡杉戸町
埼玉、 
NECレッドロケッツ
神奈川県川崎市
神奈川、東京、宮城
デンソー・エアリービーズ
愛知県西尾市
愛知
トヨタ車体クインシーズ
愛知県刈谷市
東レ・アローズ
滋賀県大津市
滋賀、石川
JTマーヴェラス
兵庫県西宮市
兵庫 
岡山シーガルズ
岡山県岡山市
岡山
久光製薬スプリングス
兵庫県神戸市
兵庫、佐賀
歴代優勝チーム
日本リーグ
年度

男子優勝チーム
女子優勝チーム
1967年
1
八幡製鉄
日立武蔵
1968年
2
日本鋼管
日立武蔵
1969年
3
日本鋼管
ユニチカ貝塚
1970年
4
日本鋼管
ユニチカ貝塚
1971年
5
松下電器
ユニチカ貝塚
1972年
6
日本鋼管
ヤシカ
1973年
7
新日鐵堺
日立武蔵
1974年
8
新日鐵堺
日立武蔵
1975年
9
新日鐵堺
日立
1976年
10
新日鐵堺
日立
1977年
11
日本鋼管
日立
1978年
12
新日鐵堺
鐘紡
1979年
13
新日鐵堺
ユニチカ
1980年
14
新日鐵堺
ユニチカ
1981年
15
富士フイルム
日立
1982年
16
新日鐵堺
日立
1983年
17
富士フイルム
日立
1984年
18
富士フイルム
日立
1985年
19
富士フイルム
日立
1986年
20
富士フイルム
日立
1987年
21
冨士フイルム
NEC
1988年
22
新日鐵
日立
1989年
23
新日鐵
イトーヨーカドー
1990年
24
新日鐵
日立
1991年
25
NEC
日立
1992年
26
富士フイルム
日立
1993年
27
NEC
日立
Vリーグ
年度

男子優勝チーム
女子優勝チーム
1994年
1
サントリー
ダイエー
1995年
2
NEC
ユニチカ
1996年
3
新日鐵
NEC
1997年
4
新日鐵
ダイエー
1998年
5
NEC
東洋紡
1999年
6
サントリー
NEC
2000年
7
サントリー
東洋紡
2001年
8
サントリー
久光製薬
2002年
9
サントリー
NEC
2003年
10
サントリー
パイオニア
2004年
11
東レ・アローズ
NEC
2005年
12
堺ブレイザーズ
パイオニア
放送について
第1回日本リーグがスタートした1967年から日本教育テレビで放送されていた。
2005年現在、NHK衛星第一とGAORAで男女、フジテレビ739で女子の注目カードを中継している。
2004-05シーズンまではスカイ・Aでも男子の試合中継を行った。
外部リンク
Vリーグ
Vリーグ男子
2006-2007
NECブルーロケッツ | 東レ・アローズ | 豊田合成トレフェルサ | サントリーサンバーズ | パナソニック・パンサーズ | 堺ブレイザーズ | JTサンダーズ | 大分三好ヴァイセアドラー
Vリーグ女子
2006-2007
パイオニア・レッドウイングス | 東レ・アローズ | 久光製薬スプリングス | NECレッドロケッツ | 岡山シーガルズ | 日立佐和リヴァーレ | JTマーヴェラス | 武富士バンブー | デンソー・エアリービーズ | トヨタ車体クインシーズ
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カテゴリ: スポーツリーグ | 日本のバレーボール大会

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